走ってる
走ってる。ランニングというかジョギングというか這いつくばってるというか蠢いているというか。
いかんせん体重がアレなので関節痛めないように気をつけながらなんだけど、最近は普通に楽しい。走ってる最中はまあ当然クソほどしんどいけど、運動して疲労することそのものに精神的な充足感がある。こういう感覚は若いうちは全くなかったものだよなあ。
逆に若いうちに持ってたはずのスタミナが根こそぎなくなってるので、飽きるまではぼちぼち続けたい。
走ってる。ランニングというかジョギングというか這いつくばってるというか蠢いているというか。
いかんせん体重がアレなので関節痛めないように気をつけながらなんだけど、最近は普通に楽しい。走ってる最中はまあ当然クソほどしんどいけど、運動して疲労することそのものに精神的な充足感がある。こういう感覚は若いうちは全くなかったものだよなあ。
逆に若いうちに持ってたはずのスタミナが根こそぎなくなってるので、飽きるまではぼちぼち続けたい。
池澤夏樹のエッセイ集。
エッセイというものはほとんど読まない、というか本として手にとって読むのはもしかすると初めてかもしれないくらいなんだけど、これはすんげえ面白かった。
元々池澤夏樹の小説がめちゃくちゃ好きで、初めて読んだ「スティル・ライフ」の序文からずっとハマりっぱなしで、池澤夏樹の作品は全てが好きになる予感がしているくらい。
そして今回、小説ではなくエッセイを読んだことで、自分は池澤夏樹の世界の捉え方そのものが好きなんだと気付いた。池澤夏樹がフランスのフォンテーヌブローに移住したところからはじまるのだけど、すべての描写が楽しくて綺麗。単なるエキゾティシズムだけではなく。
小説では見られない社会問題への視点も素晴らしい。日本にいるだけじゃ得られない見方があって、ハッとさせられること多々。
面白いしオサレだし、自分の小汚い部屋で読むのがもったいなくて読み終わるまでの期間はかなり長かった。出先でカバンから取り出して読むと本当に楽しい本だった。続き(?)もあるようなので必ず読みたい。
去年にX4のラジエーターがお漏らししてて、紆余曲折あって今になってようやく注文したんだけど、パーツリスト当時の定価が39800円だったのに爆値上げしてて61845円とかキチガった値段になっててたぶん俺死ぬ。しかもメーカー在庫5個とか言うから買わざるをえないという。死ぬ。
読んだのは二年前だけど、最近ちょっと色々思うところがあっていいとこだけ読み返してみたので。
主人公がフランス人の旧友ヤンを訪ねるところから始まり、ヤンとの話や記憶を通じてフランス(あるいはヨーロッパ全体)の歴史や文化のエピソードを経る。それがある種エキゾチックで、整った文体と相俟ってめちゃくちゃオサレではあるんだけど、作品を通してテーマとして横たわっているのは「人とのどうしようもない差」だと思う。背景や信条、環境など全ての人の間に存在する差異。
主人公とヤンは数年ぶりに再会し、かつてと同じような親密さを取り戻すものの、共有できない感情と年月に気付き、わずかな違和感を感じたまま再び別れる。
ラスト手前で、フランスでは有名(らしい)な寓話が挟まれる。爺さんと仲良くなった熊が、爺さんが昼寝をしている間に飛び回る蝿を追い払うために敷石を投げつけ蝿もろとも爺さんまで殺してしまうというもの。
無知な友人こそ害、程度の意味で「熊の敷石」という表現と共に訓話として残っているという。
最終的に一方が他方を殺すという衝撃的な結末になるものの、二人は間違いなく親密だったし熊も爺さんが好きだったからこその行動だったのだ。
蜜月の時にはほとんど見えなかった境目に、時という水が流れ込み、やがては埋めることの出来ない溝となり川となっていく。時が流れるのも人が変わっていくのも止められない以上は、人と人の関係が同じでいられないのも当然のことだろう。これは誰しもが人生において必ず経験する悲しみだ。どうしようもないからこそ虚しく悲しい。
自分はこの「人生におけるどうしようもなさ」をぶつけてくる小説がすげー好きで、これは文体もキレイだしオサレだしかなり人に勧めたい作品。
ラスト。強烈な虫歯の痛みで、かつてのヤンとの記憶がフラッシュバックしながらの最後の一文。
「病んだ下顎から神経のすべてを統括する見えない中枢にむかって、取り返しのつかない時間がじわじわと遡っていくような気がしていた。」
昨日の飲み会では俺史ワースト3に入るくらいはしゃぎすぎた。
正直に申し上げますとウチに移動してからは大半の記憶が残っていないという情けない体たらくですが、関係者の皆様にご迷惑をおかけしておりましたら心より謝罪いたします。
特にニセJKさん本当にすいませんでした。また踏んでください。あとあいつはころす。
二人ともここ見てなさそうだけどいいや。みんなあいしてる。
去年から急にTwitter経由で人と知り合うことが増えて、何人かは何度か遊んだり飲んだりするくらい仲良くしてもらってる。
リアルの俺は酔わないと喋らないコミュ障だし喋っても何言ってるかわかんねーし基本キモいし、自分で考える「他人から見た自分」の評価はすげー低いんだけど、それでもどこかしら気に入ってもらえるというのは本当に嬉しいしありがたいと思う。
生きている人間は美しいのだ。
ところで、「考えさせられる」って、「手軽にものを考えた気になれるから便利」っていう意味ですよね。
というRTがまわってきて核心突かれた感。
まあ手に負える範囲であーだこーだ考えるのは遊びみたいなもんだしな。真顔でなにかを動かそうとして思考を巡らせてるわけでもないのに、「これは考えさせられる」とかキリッと言っちゃうのは恥ずかしいという話。
で、最近「考えさせられる」というか今もって考えてること。
「あなたはどこにいます?」のジェシカ主義(銀英伝)は、菅直人がとどめを刺した。しかしそれでも…
震災からの福島原発暴走事故で、東電が撤退要請したのを当時の菅総理がふざけんなって怒鳴り込みに行ったという事があったらしい。一年経った報告書でも出てくるくらいでどうやらマジっぽい。
そりゃもうヘタすりゃ被害が甚大なんてもんじゃない事態になるわけで撤退とかマジふざけんなと普通は思うし、総理がそんな本社突撃とかどうなんと思いつつもまあやるじゃんくらいに思ってたわけで。
ただ、安全な位置から命令したり言い訳に終始したりしてるエライ人よりも、自衛隊員など現場で動いてる人を普段は評価してるのに、今回はまったく逆になってしまっている。つまり、この件では東電こそが「現場の人」なわけで、誇張して表現すると「ちょっとマジやべえし俺ら死んじゃうから逃げてもいいっすか」というのに対してエライ人が「うるせえ知るか死ね」と言ってる構図。果たしてこの一貫性のなさはどういうことだろう。
事故の規模を根拠にしても、じゃあ戦時下の「お国のために死ね」はアリなのかって話になっちゃうんだよな。
結局のところを言ってしまえば、こういうもんは感情が結論を決めてしまっているので矛盾を孕むのはしょうがないっちゃしょうがないんだけど、それにしても堂々と真逆すぎてちょっと自分で納得できない。
ぶっちゃけ、結論と理由はその「感情」の出処なわけで、「自分(を含む大多数)が助かればいいから」というのは分かってるんだけど、この手の思考遊びは自分を悪役にしちゃ負け。なんとか理屈で納得できるまで考えなければいけない。
花粉症だと思ったら風邪だった。
でも花粉症もちょっときてる気がする。